介護の基礎知識
【事業所向け】処遇改善加算のピンハネ疑惑の対処法|処罰や対策を解説
- 公開日:2025年07月02日
- 更新日:2025年07月02日

処遇改善加算は、介護職員の賃金を改善し、人材の定着を図るために創設された重要な制度です。しかし、制度の仕組みが複雑なことや支給方法が事業所によって異なることから、「ピンハネされているのではないか」と職員に疑念を抱かれてしまうケースも少なくありません。
たとえ事業所が正しく加算を分配していたとしても、説明不足や記録の不備によって不信感を招いてしまうことがあります。さらに、実際に制度の運用に不備があった場合には、報酬の返還や加算金の徴収、指定取消処分といった重大なペナルティに発展する恐れもあります。
本記事では、処遇改善加算の「ピンハネ疑惑」が生まれる背景や、万が一疑われた際の適切な対応、さらには制度を正しく運用するための具体的な対策について詳しく解説します。職員との信頼関係を築き、トラブルを未然に防ぐためのポイントを押さえておきましょう。
介護職員等処遇改善加算とは?
介護職員等処遇改善加算とは、介護職員の賃金や処遇を改善するために、一定の要件を満たした介護事業所に対して加算される制度です。事業所にとっては、職員のモチベーション維持や離職防止につながる財源となる一方で、キャリアパスの整備や職場環境改善などの取り組みが求められます。適切に申請・運用することで、人材の確保と安定的な運営の両立に役立つ重要な加算です。
処遇改善加算の目的とは?
処遇改善加算の最も大きな目的は、介護職員の賃金引き上げを図ることで、離職率を下げ、安定した人材確保につなげることです。近年、介護業界では慢性的な人手不足が問題となっており、特に若年層の離職率の高さやベテラン職員の業界離れが深刻化しています。こうした課題に対応するためには、単なる人材確保だけでなく、「働き続けたい」と思える環境を整備することが不可欠です。処遇改善加算は、介護職員の待遇を底上げし、職員が長く安心して働ける職場づくりを支援する役割を担っています。
処遇改善加算では、単に賃金を引き上げるだけでなく、キャリアアップの道筋を明確にした「キャリアパス要件」や、働きやすい職場環境の整備なども求められています。たとえば、定期的な研修の実施、管理職や専門職への昇進制度の導入、育児・介護と両立できる勤務体系の整備など、職員一人ひとりが将来に希望を持てるような環境を整えることが重要視されています。
処遇改善手当が従業員に振り込まれるまでの流れ

処遇改善加算は、まず介護報酬として一括で事業所に支払われた後、各職員に分配される仕組みになっています。このように一度事業所に集約される構造は、制度上当然の流れである一方で、職員から「ピンハネされているのでは?」と誤解を招いてしまう原因にもなりかねません。
そのため、事業所としても制度の仕組みを正しく理解し、職員に対して透明性のある説明ができる体制を整えておくことが重要です。ここでは、処遇改善加算が実際にどのような流れで従業員に支給されるのかを、順を追ってわかりやすくご紹介します。
1. 処遇改善加算の届出・計画書の提出
まず、処遇改善加算を取得するためには、事業所が管轄の自治体や国保連合会に対して加算算定の届出を行う必要があります。合わせて、「介護職員処遇改善計画書」を提出し、どのように加算を使って職員の処遇を改善するのか、具体的な内容を記載します。計画書には、支給対象職員の範囲や支給方法(手当として、賞与として等)、配分ルールなども明記します。
2. サービス提供・介護給付費請求
届出が受理された後、事業所は通常どおり介護サービスを提供し、その月のサービス実績に基づいて国保連へ介護給付費請求を行います。処遇改善加算も、基本的にはこの介護報酬の一部として月ごとの実績に応じて加算分が加わる仕組みになっています。
3. 加算分を含めた報酬が事業所へ振込
請求から概ね1〜2か月後、加算分を含めた介護報酬全体が事業所の指定口座に振り込まれます。例えば4月分のサービス提供に対する請求を5月に行った場合、実際に入金されるのは6月になります。
4. 事業所内で配分ルールに基づき支給額を決定
事業所では、計画書で定めたルールに基づき、誰にいくらの手当を支給するかを決定します。このとき、処遇改善加算の主な対象となるのは「介護職員」であり、他職種への配分には上限(例:全体の一定割合以内)があります。また、「均等割」「能力・経験に応じた配分」「勤続年数」など、配分方法は事業所によって異なります。
5. 給与または賞与などの形で支給
決定した金額は、毎月の給与に上乗せして支給する場合もあれば、賞与の一部としてまとめて支給する方法もあります。支給の頻度や時期も事業所ごとに異なりますが、必ず「実際に受け取れるかたちでの支給」が義務づけられています。また、法定の「賃金台帳」などにもしっかり記録することが求められます。
6. 年度末に実績報告を提出
毎年度の終了後には、「処遇改善実績報告書」の提出が求められます。この報告書では、実際に加算で得た金額と、職員にどのように支給したか(支給総額・人数など)を記載し、適切な使用がなされたかどうかが確認されます。この実績報告に不備があったり、不適切な配分が発覚した場合は、加算返還を求められることもあります。
処遇改善加算は構造上ピンハネできない

処遇改善加算は、介護職員の処遇を改善するために設けられた制度です。そのため、この加算で得たお金は原則としてすべて、介護職員の手当として支給しなければなりません。処遇改善加算が適切に介護職員に還元されるよう、様々なルールがあり、処遇改善加算のピンハネは構造上困難です。
事業所が構造上処遇改善加算のピンハネを行えない理由は以下の通りです。
①職員にどのように支給したかの報告義務がある
処遇改善加算によって得た加算額は、事業所が自由に使えるお金ではありません。したがって、法人の利益として一部を留保したり、他の経費に充てたりすることは認められていません。
国保連からの加算報酬は、一旦事業所へ支給されますが、加算報酬の全額を介護職員に支給する必要があります。「処遇改善手当が従業員に振り込まれるまでの流れ」で見てきたように、「処遇改善実績報告書」にて実際に加算で得た金額と、職員にどのように支給したか(支給総額・人数など)を記載する必要があるため、処遇改善加算をピンハネすることは困難です。
②就業規則に支給方法を明記する義務がある
介護事業所が処遇改善加算を適切に運用するためには、就業規則に「処遇改善手当の支給方法」を明記することが必要です。これは制度上のルールというだけでなく、法律(労働基準法)にもとづく義務となります。
労働基準法第89条では、以下のように定められています。
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、賃金や臨時の賃金、勤務時間、退職などの事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。
このため、職員10人以上の介護事業所では、処遇改善手当も「賃金の一部」として、その支給ルールを就業規則に明記することが法的に求められます。この規定に違反した場合は、労働基準法第120条により「30万円以下の罰金」が科されます。
事業所は、就業規則に処遇改善加算の支給方法を明記する必要があるため、加算報酬をピンハネできない構造になっています。
③ピンハネが発覚した場合は加算の返還などの罰則がある
もし加算を本来の目的どおりに使用していなかったことが発覚した場合、加算分の返還が求められます。また、自治体からの指導や監査対象にもなり、最悪の場合は事業所の指定取り消しにもつながります。
処遇改善加算は支給方法を就業規則に明記し、支給時期や対象、方法を報告する必要があるため、ピンハネを隠しとおすことは困難です。「知らなかった」では済まされないため、事業所は制度のルールを正しく理解し、適切な運用が求められます。
職員が「処遇改善加算がピンハネされているのでは?」と感じてしまう背景

事業所が制度を正しく運用していても、職員の側で「ピンハネされているのでは?」と不安や不信を抱くケースが少なくありません。その背景には、加算の性質や運用方法がわかりにくかったり、実感しにくかったりすることが影響しています。以下では、現場でよく見られる誤解や疑念の要因の背景を整理します。
加算額以上に社会保険料も上がったため、手取り収入が少なくなったから
処遇改善加算を正しく分配していても、その分、社会保険料(健康保険や厚生年金保険料)も増加するため、実際の手取り額があまり増えていないように感じられることがあります。とくに、毎月の給与明細で加算手当の項目が目立たなかったり、総支給額と手取り額の差が大きく感じられると、「思ったほど上がっていない」と不満や誤解につながりやすくなります。
自身が加算の配分対象外であることに気づいていない
処遇改善加算は、正職員・パート問わず対象にできる制度ではありますが、実際に誰に支給するか、どのように配分するかは事業所の裁量に任されています。
たとえば、「支給対象を常勤職員に限定している」「週○時間以上勤務する職員のみ支給対象としている」といったルールがある場合、そのルールに該当しない職員は支給を受けられません。こうした事情が共有されていないと、「私はもらっていないのに、事業所は加算をもらっているらしい…」といった不信感につながってしまうことがあります。
月々の給与ではなく、賞与や一時金に組み込まれている
現在は処遇改善加算の一部を「毎月の賃金として支給すること」が要件となっていますが、加算の全額を月々の給与に含める義務はありません。
そのため、事業所によっては一時金や賞与の一部としてまとめて支給する運用を行っているケースもあります。このような支給方法は年に1〜2回のまとまった金額として支払われるため、「毎月の給料が上がっていない」と感じられやすく、ピンハネと誤解される要因になります。
処遇改善加算のピンハネを疑われないための対策

処遇改善加算のピンハネを疑われないための対策は以下の通りです。
就業規則に支給方法を明記する
処遇改善手当の支給対象者や金額、支給時期・配分方法などは、就業規則に明確に記載しておくことが重要です。これにより、従業員が制度の運用を正しく理解でき、疑問や不安が生じた際にもルールに基づいて確認できます。
また、労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を雇用する事業所は、賃金に関する事項を就業規則に定め、届け出る義務があり、処遇改善手当の支給方法もこれに含まれるため、加算を受けている事業所は就業規則への明記が必要です。
給与明細に明確に記載する
処遇改善手当は、月々の給与として上乗せしたり、ボーナス・一時金としてまとめて支給したりと、支給形態は事業所によって異なります。しかし、給与明細に明記されていない場合、職員が不信感を抱く原因になります。
そのため、「処遇改善手当」などの項目を給与明細に記載し、どのくらいの金額が支給されているのか一目でわかるようにすることが大切です。こうした工夫が、誤解や不満の予防につながります。
職員が相談しやすい職場環境を整える
万が一、処遇改善手当に関して疑問や不安を抱いた職員がいた場合、気軽に相談できる環境が整っていないと、信頼関係の悪化や離職につながる恐れがあります。
日頃から職員と管理者がコミュニケーションを取りやすい関係性を築き、制度について相談できる窓口や時間を設けておくことが大切です。「相談してよかった」「ちゃんと説明してくれた」と職員に感じてもらえる体制が、長く安心して働ける職場づくりに繋がります。
疑われた場合は誠実かつ丁寧に対応を
処遇改善手当のピンハネを疑われてしまった場合は、感情的にならず、誠実かつ丁寧に対応することが重要です。支給方法や支給時期について、できる限りわかりやすく説明し、給与明細や就業規則を示して不安を払拭しましょう。
もし不信感が残っているようであれば、今後の支給タイミングや明細の記載方法などを見直し、職員が納得できるかたちに整備する努力が必要です。
処遇改善加算をピンハネした場合の処罰

処遇改善加算をピンハネした場合の処罰は、以下のとおりです。
- 加算報酬の返還
- 加算金を徴収される
- 指定取消処分の対象となる
加算報酬をピンハネした場合、どのような処罰があるのか、具体的に確認しておきましょう。
加算報酬の返還
処遇改善加算を不正に流用していた場合、自治体などの行政機関から指摘を受け、報酬の返還を命じられます。事業所は、自ら不正内容を点検し、加算の支給状況を確認したうえで、不正に受け取っていた分を自主的に返還しなければなりません。
過去数年間にわたる請求資料を遡って点検する必要があるため、通常業務に大きな負担がかかるほか、職員や利用者にも不安を与える事態になりかねません。また、自主的な返還に応じない場合は、介護保険法に基づく法的手続きにより、強制的に徴収されることになります。
加算金を徴収される
介護保険法第22条には、以下のような規定があります。
偽りその他不正の行為によって保険給付を受けた者があるときは、市町村は、その者からその給付の価額の全部または一部を徴収することができる。
また、支払った額につき返還させるべき額を徴収するほか、その返還させるべき額に百分の四十を乗じて得た額を徴収することができる。
つまり、不正受給により得た報酬の返還に加え、その金額の最大40%にあたる「加算金」の徴収も可能とされています。たとえば2,000万円のピンハネが発覚した場合、返還額に加え、800万円の加算金を支払う義務が生じる可能性があります。
なお、こうした加算金の対象となるのは、意図的な不正行為(ピンハネや虚偽報告など)があった場合です。単なる事務的なミスで過大に請求していたケースでは、報酬の返還のみで済むことが多いとされています。
また、介護保険法第144条では、以下のように定められています。
市町村が徴収する保険料その他この法律の規定による徴収金は、地方自治法第231条の3第3項に規定する法律で定める歳入とする。
つまり、介護保険法に基づく徴収金については、裁判所の判決なしで強制的に差し押さえが可能ということです。実際には、事業所の口座、給与、売掛金、不動産、保険など、あらゆる財産が差し押さえの対象になり得ます。
指定取消処分の対象となる
処遇改善加算の不正受給が悪質であると判断された場合、事業所に対する「指定取消処分」が下されることもあります。これは、介護保険サービスの事業者としての指定そのものが取り消される重大な処分であり、事業の継続が困難になる可能性もあります。
指定取消処分を受けた事業所は、一定期間、指定の効力が停止され介護サービスを提供できません。正確には介護サービスを提供できますが、介護保険法に基づく介護報酬を請求できなくなるため、実質的に事業所運営が困難になります。
まとめ

処遇改善加算は、介護職員のために確保された大切な財源であり、事業所がその趣旨を理解し、適正に運用することが求められます。一方で、制度の見えづらさや説明不足が原因で、ピンハネの疑いを持たれてしまうリスクは常に存在します。だからこそ、給与明細での明確な記載、就業規則への支給ルールの明文化、定期的な説明機会の提供など、透明性を高める工夫が重要です。また、相談しやすい環境づくりや、万が一の誤解に対する丁寧な対応も、信頼を守るうえで欠かせません。
制度のルールを守るだけでなく、「見えるかたちで伝える」「対話の場をつくる」ことで、安心して働ける職場環境を実現しましょう。