介護の基礎知識
スピーチロックとは?言い換え表や利用者への影響を解説
- 公開日:2025年06月05日
- 更新日:2025年06月05日

介護現場では、利用者の安全を考える半面、つい強い言葉や命令口調で相手の行動を制限・抑制してしまうことがあります。これは「スピーチロック」と呼ばれ、近年特に問題視されています。スピーチロックは、利用者の心にストレスを与え、認知症の症状悪化や拒否反応を引き起こす原因にもなるため注意が必要です。本記事では、スピーチロックの意味や具体例、さらにスピーチロックを防ぐための言い換え表や、利用者に与える影響について詳しく解説します。介護職員の皆さんがより良い声かけを実践し、安心で穏やかな環境を作るための参考になれば幸いです。
スピーチロックとは?
スピーチロック(speech lock)とは、介護や医療の現場などで使われる専門用語で、身体的な拘束ではなく、言語的な“声かけ”や言動によって、利用者の自由な行動を妨げてしまう行為です。利用者の尊厳を損なったり、萎縮させてしまうなどの悪影響があるため、介護業界では近年スピーチロックに対する問題意識が高まっています。スピーチロックには明確な線引きがありませんが、一方的な指示や命令がスピーチロックにあたります。
具体的には以下のような言葉がスピーチロックに該当します。
- 「動かないで」
- 「じっとしててください」
- 「勝手に立たないで」
- 「歩くと危ないから座ってて」
- 「トイレは今は行けません」
これらは、安全確保や効率的な業務のために使われがちですが、本人の意思や自由を奪うリスクがあるため注意が必要です。
スピーチロックが問題視される理由

スピーチロックが問題とされる理由は以下の通りです。
利用者の尊厳を損なう
スピーチロックは、言葉によって相手の意思や行動を制限する行為であり、利用者の「自分で決めて行動する権利」を奪ってしまいます。介護は本来、利用者の尊厳を大切にするものですが、スピーチロックによってその尊厳が脅かされることがあります。
精神的な萎縮や不安を引き起こす
「動かないでください」「勝手に立たないで」といった命令的な声かけは、利用者に心理的なプレッシャーを与え、萎縮や不安を引き起こします。特に認知症の方にとっては、その意味が正しく理解できず、不安や混乱を強める場合もあります。
身体拘束と同じように人権侵害になる可能性がある
スピーチロックは身体的な拘束ではありませんが、言葉による抑制であっても「拘束」に該当する場合があり、人権侵害とみなされる可能性があります。介護保険制度のもとでも、不適切な対応として問題視されています。
自立支援の妨げになる
介護は利用者の「できること」を維持・促進することが重要です。しかし、スピーチロックによって行動を抑制されると、「自分で動く」「自分で判断する」といった機会が奪われ、自立の妨げになります。
職員の意識や言葉遣いの習慣化が進むリスク
スピーチロックは無意識のうちに行われがちなため、職員間でそれが「普通の対応」として習慣化してしまうリスクがあります。施設全体のケアの質が下がる原因にもなります。
スピーチロックによる認知症患者への影響

スピーチロックが認知症の方に与える影響は、精神的・行動的・認知的な側面において多くの悪影響を及ぼす可能性があります。以下に主な影響を詳しく説明します。
不安や混乱を引き起こす
認知症の方は、状況や言葉の意味を正確に理解する力が低下していることが多く、命令口調の言葉や強い口調の声かけは、威圧的に感じたり、意味が理解できずに混乱や恐怖を感じたりすることがあります。
「勝手に動かないで」「ダメでしょ!」といった言葉は、本人にとっては理由もわからず叱られているように感じ、安心感を失ってしまいます。
コミュニケーションへの意欲を低下させる
繰り返しスピーチロックを受けると、認知症の方は「自分は迷惑をかけている」「何をしても怒られる」と感じるようになり、話しかけたり行動を起こすこと自体を避けるようになる場合があります。これにより、表情や発語、社会的交流が減り、閉じこもりがちになることがあります。
認知機能や身体機能の低下を招く
「座っててください」「歩かないでください」といった言葉によって、活動機会が減ると、身体機能や脳の活性化にも影響が出ます。本来、適度な運動や周囲との関わりは、認知機能の維持にとって重要ですが、スピーチロックによってそれらが制限されると、認知症の進行を早める要因にもなり得ます。
感情面の不安定さやBPSDの悪化につながる
スピーチロックは、不安・怒り・悲しみなどのネガティブな感情を引き起こしやすく、それが行動・心理症状(BPSD)を悪化させる原因になることがあります。
例えば、怒りっぽくなる、介護拒否をする、暴言や暴力が出るといった反応は、環境からのストレスが引き金になっている場合も多く、スピーチロックはその一因となり得ます。
介護現場の3つのロック

拘束の種類は「スピーチロック」だけでなく、「フィジカルロック」「ドラッグロック」の3種類があり、それぞれが異なる手段で利用者の自由を制限してしまいます。「スピーチロック」以外にもどのような行為が拘束となるのかを理解しておきましょう。
スピーチロック
言葉によって利用者の行動を制限する行為を指します。たとえば、「動かないでください」「今は立たないでください」といった声かけがこれにあたります。こうした言葉は、利用者の行動を抑え、安全確保の目的で使われることもありますが、本人の自由や意思を尊重せず、心理的な負担や萎縮を生み出す要因となります。身体拘束とは違い、目に見えにくいため無意識に行ってしまう職員も多く、注意が必要です。
フィジカルロック
身体を物理的に固定することによって行動を制限する方法です。具体的には、ベッドの柵を外せないようにしたり、車いすにベルトで固定したり、手の動きを制限するミトン型の手袋を使ったりすることが該当します。これらは転倒防止や安全管理のために使用されることがありますが、利用者にとっては不快感や恐怖を感じる原因にもなり、身体機能の低下や精神的なダメージを招くことがあります。
ドラッグロック
薬によって利用者の行動を抑える方法です。たとえば、夜間に徘徊する利用者に対して強い睡眠薬を与えたり、認知症の行動・心理症状(BPSD)に対応するために抗精神病薬を必要以上に使用するようなケースです。薬によって無理に落ち着かせたり眠らせたりすることは、一見すると穏やかに見えるかもしれませんが、本人の意思に反するものであり、副作用や健康への影響が大きく、長期的には心身の機能を著しく損なうおそれがあります。
介護現場でスピーチロックが起きる原因

介護現場でスピーチロックが起きる背景には、いくつかの原因があります。それらは多くの場合、職員の意図的なものではなく、「現場の環境」や「認識のズレ」から生まれるものです。以下に代表的な原因を紹介します。
時間に追われる業務体制が生む焦り
介護の現場は常に多忙で、限られた時間の中で複数の利用者への対応が求められます。そのため、職員は一人ひとりのペースに寄り添う余裕がなくなり、「今は動かないでください」「あとにしてください」といった言葉で、行動を制限してしまうことがあります。これは、業務を滞りなくこなすための一時的な手段であっても、結果として利用者の自由を奪うスピーチロックにつながってしまうのです。
職員間で適切な声かけの共通認識がない
スピーチロックに該当する声かけがどのようなものか、職員全体で共通理解がない場合、それが「普通の対応」として習慣化してしまいます。新人職員がベテランの対応を見て学ぶ中で、その声かけが正しいと思い込んでしまうこともあります。言葉遣いの重要性について教育の場が設けられていない施設では、こうした誤った認識が固定化しやすくなります。
利用者の安全確保を最優先にしすぎている
介護現場では「転倒させてはいけない」「事故を防がなければならない」という意識が強く、安全を守ることが最優先されがちです。その結果、職員が「動かないで」「立たないで」といった命令口調で制止してしまいがちになります。しかし、安全確保の名のもとに言葉で行動を抑えることは、利用者の意思を無視し、心理的な拘束を与えるリスクがあります。
認知症の症状に対する理解不足
認知症の方の言動には理由があるにもかかわらず、十分に理解されていない場合、「何度も同じことを聞く」「急に立ち上がる」といった行動に対し、イライラや戸惑いを覚え、つい命令的な言葉で反応してしまうことがあります。本来であれば、その行動の背景や心理状態に目を向ける必要がありますが、理解が浅いと対応が感情的になり、スピーチロックに至ってしまうのです。
言葉の影響力に対する意識の低さ
「ちょっと言っただけ」「注意しただけ」といった軽い気持ちで発した言葉でも、利用者にとっては強いストレスや恐怖になることがあります。特に認知症の方は、言葉の意味を受け取る力が弱まっており、口調や表情から否定的な印象だけを受け取ってしまうことも少なくありません。こうした「言葉の力」に対する意識が職員の中で十分に育っていないと、スピーチロックが無意識のうちに繰り返されてしまいます。
スピーチロックをなくすには?

スピーチロックをなくすためには、介護職員一人ひとりの意識改革と、現場全体の環境づくりの両面からの取り組みが欠かせません。以下に、そのための具体的な方法を説明します。
声かけの内容と目的を意識する
まず大切なのは、「なぜその言葉をかけるのか」「利用者にどう受け止められるか」を考えることです。つい「ダメです」「動かないで」と言ってしまいそうな場面でも、相手の気持ちや状況を理解しようとする姿勢を持つことで、自然と違った言葉が出てくるようになります。たとえば「危ないから座っててね」といった言い回しではなく、「今、床が濡れていて滑りやすいので、一緒に確認してから歩きましょう」といった丁寧で説明的な声かけに変えることが、スピーチロックの予防につながります。
チームで「適切な言葉づかい」の共通認識を持つ
スピーチロックをなくすには、個人の努力だけでなく、職場全体で「どのような声かけが望ましいか」を共有することが重要です。たとえば定期的なミーティングや研修の中で、実際に使われやすい言葉を挙げて、「これはスピーチロックにあたるか」「どう言い換えたらよいか」を話し合う場を設けると、職員間の共通理解が深まり、自然と言葉づかいに気を配るようになります。
利用者との信頼関係を育む
スピーチロックは、職員と利用者との信頼関係が薄いときに起こりやすくなります。日頃から丁寧に接し、相手の気持ちや生活背景に耳を傾けることで、「この人の言うことなら安心できる」と思ってもらえるようになります。そうした関係性が築ければ、命令的な言葉でなくても、協力を得られる場面が増えていきます。
業務の余裕を生み出す工夫をする
多忙な勤務体制や人手不足が、スピーチロックを招く大きな要因の一つです。そのため、介護ソフトの導入や業務フローの見直しなどによって、職員の負担を軽減し、余裕を持って利用者と関われる環境を整えることも重要です。時間的・心理的にゆとりがあれば、命令的な言葉を使わなくても対応できる機会が増えるはずです。
スピーチロックを「見える化」する取り組み
日々の業務の中では、自分が無意識にスピーチロックを行っていることに気づかないことも多くあります。そのため、職員同士で声かけの内容をフィードバックし合ったり、振り返りシートを使って記録・確認したりすることで、自身の言動を客観的に見つめ直す機会をつくることが有効です。これにより、「気づかないうちにしていた」スピーチロックの存在に目を向けることができます。
スピーチロックの言い換え表
スピーチロックをなくすには、スピーチロックとなる言葉の言い回しを、優しく丁寧に言い換えることが重要です。以下のスピーチロックの言い換え表を活用して、利用者の気持ちを尊重しつつ、安全面も伝えられる、優しい声かけを行うことができます。
スピーチロックの例 | 言い換え例 |
---|---|
動かないで | どこに行きたいんですか? |
立たないで |
今は安全のため、座っていてくださいね 落ちると危ないので、座っていましょう |
座ってて |
少し休憩しましょうか しばらく座って休みましょう |
まだ寝てて | ◯時になったら起こしにきますね |
ちょっと待ってて 今はできません |
あと〇分待ってくれませんか? |
ダメです | どうかしましたか? |
そんなことしないで |
どうされましたか? それは危ないので、○○しませんか? |
触らないで | 危ないので〇〇しませんか? |
勝手にしないで | 一緒に確認しながら進めましょう |
危ない | あとで一緒にやりましょう |
早く食べて |
もうお腹がいっぱいですか? お茶を飲みますか? もう少し食べてみませんか? AとBどっちが食べたいですか? |
何度言ったらわかるの | ゆっくり説明しますので、聞いてくださいね |
なんでこんなことしたの | なにがあったんですか? |
家には帰れません | 帰れるようになったら伝えますね |
スピーチロックの言い換えのポイント
- 否定ではなくお願いする
- 時間や目的を具体的に伝える
スピーチロックの言い換えのポイントは、利用者の尊厳を守りながら、安全や状況を伝えることです。また、スピーチロックを行わないためには、安心感を与える声のトーンや表情、言葉を選ぶよう気を付けます。
まとめ:スピーチロックの改善は介護の質を高めます
スピーチロックは、言葉の使い方次第で利用者の心に大きな影響を与えるため、介護現場で意識的に改善していく必要があります。命令的な表現を避け、利用者の意思やペースを尊重しながら、理由を丁寧に伝えることが大切です。また、言い換え表を活用することで、日常の声かけがよりやさしく、理解しやすいものになります。スピーチロックを減らすことは、利用者の安心感や信頼関係の構築につながり、介護の質を高める重要な一歩です。今回の内容を参考に、ぜひ介護コミュニケーションの見直しに取り組んでみてください。